1月も終わり。

1月ももうすぐ終わり。

今月は昨年からの締めの作業が多かった月でした。

2月からは少し余裕が出てくるので、「父ももう高齢だし免許取らないと…」

と思って主治医に免許を取りたいと伝えると、

「貴方の飲んでいる薬は運転時禁止リストに入っているから断薬しなければいけない。」

 

知らないうちに厳しくなった様です。あばばばば。

 

ずっとお付き合いしていたエビリファイも消えたし、今飲んでいるのはレキソタン毎食後4mg。1日に12mg。

「断薬しますか。」

離脱症状の酷さは知ってますよ先生。

数時間の飲み忘れで目眩、頭痛、ホワイトノイズの様な耳鳴り、眩しさ、手の震え、呂律が回らない、しかも眠れない。

それでずっと減らすこともなく飲んできた訳なのですが。

むしろ手放せないから休憩時間に飲めない場合は無理やりトイレに行って飲んでいた訳ですが。

お陰さまで無理も出来たのは分かっているのですが。

 

「 減 ら し  ま す か ? 」

更に追い討ちをかける主治医。いや、数分の診察で処方箋だけ出す医者よりもずっと親身だ。

 

15歳から飲んでいたから薬を飲まなくていい生活なんて想像も出来ないけど、なんだか生きやすそうだ。

何より免許取れるのは大きい。

 

「あ…そうですね……もうやるしかないですね。」

私の返答にニッコリと微笑む主治医。

 

「じゃぁ朝食後4mg、就寝前4mgで。」

今何と言った???日中に切れそうな予感しかしないぞ????

 

「何かあったらすぐ来てください。とりあえず一週後に顔を見せてください。」

はい…。

 

 

一昨日から開始したものの、今日の夕方までは勉強中の集中力の低さと文字の誤字が気になったぐらいで

「4mg減らしてもそんなにキツくないなー」

と、夕食の準備をしていた矢先。

 

突然の激しい動悸。吐き気。メシ用意どーすんの?と思いながらもベッドにダウン。

熱も出てきた。37.5℃て。冷や汗と手の震え。シャブ中と何ら変わりない症状。ただのヤバい人。

耐え切れなくなって就寝前のレキソタン4mgを飲む。30分も経たないうちに治まる症状。

水を得た魚の様とはこの事か。いやそうじゃない。ベンゾジアゼピン系のコイツの依存症になっていたのか。

元々無くても生きていけるけど、あまりの苦しさに薬を欲する。だから止めたくても止められない。

かっぱえびせんより酷だ。

 

年末。

 ご無沙汰しております。令和元年も終わりです。

 

気がつけば夏と秋をすっとばして今バッチリ冬です。

8月は誕生日を迎えました。すっかり三十路です。パニック障害で辛かった。電車乗れねぇ。パニック障害ナメてました。

9月は10年ぶりに市内の実家へ。汚すぎて無理だったので退散しました。Gと共同生活はちょっと。

10月は念願の一人暮らしagain.6畳間ですが派遣したり父と良い距離感取れたので仕事も上手く行ったり、夜な夜な書類作ってそれ持って東京行ったり。登記の量に泣いた月でした。

11月は事務仕事が多いと思いきや、後見人(司法書士)とお話の機会を頂いたり、相続税の確定に追われ、派遣を詰め込んで余裕無いときにややこしいお電話。泣いた。

12月は相続税ほぼ確定、貸家の修繕に入って余裕が出たのでお陰様でブログ書いてます。週1~2で実家に帰って掃除して。合気道通ったり。今日も実家に帰るかな。

 

 

今年は祖母の看取りから相続、親族の揉め事や初めて行う手続きに追われていて実践ばかりの一年でした。ただ、これが50代、60代だと更に辛かったんだろうな。

「頑張るな」

「無理するな」

この言葉は沢山周りから言われました。

ただ、その言葉に首を縦に振れるほど引き継ぎができる余裕も無くて。

そして引き継ぎ先が無いのが致命的。

家の事については私も僅かしか外に言えることしかない。

自分の中に

「なんで私がこんなんせなあかんねん」

「好き勝手言うな。無関心なら無関心でいてくれ。」

そんな感情が鬱積して、仕事に逃げてたのも私の悪い癖だけど。仕事減るし。

ただ、わかっていたのは

「この状況は遅くても2月には解消される」

それだけ。いつまでもじゃない。

 

 

年末~正月は

家の大掃除して~

祖母の着物手入れして~樟脳乗っけて~

少しおせちとお雑煮作って~

グランツーリスモで気分晴らして~

静かに大晦日を過ごして~

三が日は家中に散らばっている部品でPC組み立てて~

万博周りをチャリで暴走したい。

 

今年もあともう少し。

頑張ろう。

ラップ現象。

百箇日が終わり、東京へ逃避行旅をして帰阪しました。

仏壇の前に祖母と祖父が好きそうな東京土産を置いたのは良いものの、

最近線香を上げない事に祖父が怒ったのか、ラップ現象が起こってます。

 

壁にかけてある祖父の遺影が酷く傾いたり、

傾きを直して、翌々日見たら遺影が落ちていたり。

「じっちゃん、いきりたち過ぎやろwwww」

と孫の私に直されたいのでしょうか、そういったことが祖父の遺影だけによく起こります。

構ってちゃんなのかな?

祖母の遺影は歪みは全く無いのに。

まぁ、ラップ現象としましょう。怖く無いし。

祖母の葬儀が終わった夜、あの時見た激しい動きをする白い光は忘れられないしね。

ばっちゃん激しすぎ…。

 

 

7月に入って初盆も目の前になってきました。

初盆は盛大に供養…と言いますが、何をすればいいのかわからない。

目の前で踊ればいいのかな?んー。違うような。そもそも踊れないし。

灯篭つけておいて、木魚を引っ張り出して叩けばいいのかな。あとキュウリとナスかなー。

わからない。

そもそも、基本的に故人のことを忘れなければいいかなー、ぐらいにしか思ってないので

一時的に盛大に供養すればいいってもんでないし。

誰だって死ぬのは怖いけど、忘れられるのはもっと怖い。

ただ、死ぬのは避けられないけど忘れることは避ける努力はできる。それでいいと思う。

亡くなった時点で財産はその人のものではなくなる。肉体も焼かなければならない。

目に見えるものは残らない。でも、記憶は残る。それで良くない?みたいな。

会ったことのな曽祖母と曽祖父のエピソードは私には興味深いし、そうやって少し後に自分の生きた

軌跡を残せれば万々歳。

 

とはいえ、生きていく以上は霞を食べて生きていけないので、お金はいる。

綺麗事なんて関係ないぜ。

がんばります。

生き急ぐことと苦労の前借り。

先週忙しすぎて無理が祟ったのか目眩や頭痛の症状がちょろちょろ出てきたのと

橋本病の診察も去年の10月を終わりに出来なくなっていたのでこれを機会に

甲状腺を根本から診てもらいに専門医に初めてかかりました。

甲状腺自体は元々は専門科というものは無いのでインシュリン等ホルモン分泌を診る

「内分泌科」で診てもらうのが一般的です。

ただ、近くはないですが通えなくはない距離に甲状腺専門の病院があったので

先週末診てもらったら「橋本病自体を疑って白紙に戻してから治療方針を改める必要がある」と言われました。萎縮性甲状腺炎かバセドウ病が疑われるが現状、何とも言えないと。まぁまぁの量のホルモン剤を6年間飲んでいたのは何だったんだろう。

 

あ、バイトは辞めました。

勤務先には体調崩してしまって申し訳ないですが、給与説明も無く給与明細見たら最低賃金で唖然としたのもあります。それで夜勤以外シフト詰めて殺す気でしょうか。

並行して家業と家事もしているのは説明しましたが。廃棄を渡して現物給付とでもいいたいのでしょうか。腑に落ちないモヤモヤ。

 

辛気臭い話は置いといて。

考えればあと2ヶ月ちょいで30になろうとしますがライフステージの半分済ませたので残っているとすれば「子育て」「親を看取る」ぐらいでしょうか。生き急いだ感がすごくある。

もう結婚もする気ないかな。展望とすれば35迄に食べていけるぐらいのスキル持てればいいや、ぐらいです。

ただ欲を言えば父に孫ぐらいは抱かせたいかな、それぐらい。

もっと欲を言えば母に愛されたかった。もう難しいけど。

20代最後に色々初めての経験がテトリスのように降りてきたけど大体誰しもが経験することだじから、と苦労の前借り思ってやり過ごしてます。

 

最近父は少し情緒は安定して安心しました。ずっと介護と仕事と家のことばっかりだった中から介護が終わって少しずつ前を向いているような。

祖母が亡くなった直後の不安定さは大分心配しました。考えたら母と別居してからずっと祖母と暮らしていたから。

祖母の衣服を処分するぐらいには前向きにはなっているかな。

衣服を処分しても祖母は私と父の中で思い出として生き続けるから、たまに思い出せばいいかな。ぐらいのスタンスです。

それでも今はたまに仏壇の前で泣いちゃうけど。ばっちゃんごめん。

 

四苦八苦の中に死別も苦しみとして入っているそうですが、本当にそうだなと思う今日此頃。

5月が終わり6月。

5月が終わりました。日々忙殺という言葉が相応しい月でした。

ただ、4月よりは余裕が少し生まれました。

しかし、どうにか出来た余裕にバイトを上手くかませたので、新しいリズム作りに苦慮しながらバランスを保っているのが事実です。

来年の年明けが終わるまではこの調子なので、どうにかこにか倒れないように。

 

と思っていたら目眩がまた最近酷くなってきました。

耳鼻科では問題が無かったのと頻脈とかなり低血圧が酷いので自律神経失調症と言われて。今までどんなにストレス溜まってもそういったことは無かったのに、30手前に色々身体に一気に来て「これがストレスか…」と思ってます。

ただ、目が開けられないのと歩けないのは生活に支障が出るので、特効薬マジで欲しいです。

一つ願いがあるとすれば、時間に追われて食事や睡眠時間を削ることに必死になっているので薬よりも

2週間ぐらい逃避行すれば治ると思います。笑

 

 

自分の時間は勉強している間だけですが、今となっては勉強に少しの時間でも没頭出来る環境に感謝してます。

どんなに辛い時も眠い時も勉強している間は集中しているから嫌な事をその間は忘れられるっていいなー。

と思います。祖母のお通夜の日も泣きながら過去問解いてたぐらいには私の逃げ先にはなっています。

もうすぐ2月末から始めた過去問440問終わるので、それと同時に違う資格の分野に移行して2周目と並行していくことを模索するのが6月の目標です。

 

さて、今月も頑張ろう。

 

朝靄の中で。

夜更かしを超えて気がついたらこんな時間でした。やること多いんだよ。キャパ超えてるけど時間は有限だからしゃーない。

 

一昨日の投稿をした後に、

「満中陰法要が全てではないし…母に会って倒れたり面倒なことになる前に早めに欠席連絡しとこう」と伯父に欠席の連絡をしました。

会場を押さえているので早めがいいかな。と。

本当は参加したかったけどね。しゃーない。

 

祖母は思春期は特に私の母親代わりであり、精神的な拠り所でもあったので、哀しみより重たい感情が渦巻いててこれを喪失感と呼ぶのかもしれないな、と思う今日この頃。

 

去年秋、祖母の退院後に

「私は前しか見ない」と真剣な眼差しで言っていたのをふと思い出して、後ろを少しでも向いたら飲まれてしまうほどに、祖母にも背景に色々あったことを後に見聞したので、本当に精神的にも肉体的にも生き抜いたんだろうな。と。

94にもなったら見たくないものも自然と見てまうしね。3分の1も生きてない小娘が言うのも何ですが。

 

満中陰法要の日、納骨の時間は知っているのでその前にこっそりと墓地へ祖父にお礼とお願いをしに行ってきます。

祖父も今は一人で眠っているから。寂しいだろうな、と。

一人ぼんやりと登山をしつつ行ってきます。

 

 

先日、頭痛で何も出来なくてぼんやりしてた時にある友人から回復したと連絡が来て。回復したての頃に申し訳ないけど、ここ2ヶ月のことを話ました。つらつらと。

友人、物凄く聞き上手で。なんだろう、相槌が上手いというか、でも的確に短い言葉で返すんですよね。

「そういう気持ちって止める方法あらへんもんなぁ〜私も分かるだけによぅ止められへんわぁ。」

そう言う彼女も色々あって、今も精神・知的・身体に障害を持っている中、お子さんを育てているので本当に頑張っているけど、

「私なんて全然頑張ってへんよぉ〜何もできへん。周りに頼ってばっかりいるわぁ。」

そう彼女は返すのですが、医師から10分以上立たないようにとドクターストップかかっている中、車椅子生活って育児や家事するには大変なのに本当に上手く障害と付き合っていて、本当に努力に努力を重ねているんだな、と思いました。

病気や障害を盾に甘える人間は私も含めて多く居ますが彼女の場合はそれを理由にせずに頑張っているから周りが自然と助けてくれるのかな、と思って。

 

話は少し変わりますが、ご自宅に遊びに行った時に映画の「青い春」を初めて見せてもらったのですが、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの挿入歌の入れ方や松田龍平の演技に鳥肌が立ちました。かっけぇ。センスええ。

お子さんもめっちゃ元気やし、それでいて何も言われなくても学校から帰ってすぐに宿題してて偉い…いきなりDSのマリオブラザーズの最終面を渡された時は流石に沢山マリオが亡くなりましたが。できねーよ。

 

なんとなく私も少しは幸せになってええんかな、と思った今週でした。

 

朝イチバイトやから早く寝ないと。もう空が明るいや。

少し寝ます。おやすみなさい。

おはようございます。

色々バタバタしてますが、先月よりも少し余裕が出来ました。おはようございます。

睡眠時間が取れるようなったのが大きいです。

 

GWの最終日に母が線香を上げるという名目で

自宅に来て、長い時間居座って何を思ったか叫ばれたので疲れています。

 

貴方は祖母が死んだらきちんと線香上げるんですね。

生前は家で転倒した祖母を横目に、そのまま帰ってしまうのに。

 

私も母と会うと疲れが身体にまで出るようになったので満中陰法要には参加したいけど、参加出来ない。これだけの理由で不参加も変ですが。前回も初七日の時に横に母が座っただけで糸が切れてしまったように倒れたので

もういいかな。と。

 

直前に満中陰欠席するのが失礼なので、

伯父に満中陰の欠席連絡してその日は少し家から離れます。

勿論それ迄の段取りはしっかりしますが。墓石の確認もしなければ。

 

本当は母が欠席すればいい話ですが、

遠縁の自分に関係のないお葬式・満中陰巡りが趣味の彼女に何を言っても無駄と痛感したGWでした。

 

申立ての準備はしているのでこれで実質縁を切れる事を願います。