平成最終日。

平成最終日。明日から元号が令和になります。

平成生まれなので元号チェンジは初めてですが、意外と何も変わんないなー。と。

書類関係の日付が変わるかなー、ぐらいで。

穏やかに迎えればそれでいいや、って感じです。もう四時間切ったし。

 

今日はなんとなく平成最後の日、ということもあったので二階の自室をやっと模様替えしました。

夏頃に私が来たときは本当に物置!!!ホコリヤバイ!!!足の踏み場もねぇ!!!

といった感じだったのもあって、自分の荷物や家具はやっつけで置いたままだったので

今日やっと。

 

動線考えながら早朝から家具を動かしたりメジャー片手に余分な部分を測りながら掃除とかしてカラーボックス余っていたのを作って今に至ります。

大分快適にはなったかな。あとはモノを整理して詰めるだけ。

ただ、コンセントが1つしかないのは致命傷です。当分は延長ケーブルで頑張りますが

多分タコ足かましてエアコンのコンセントからも電源取らないときついかなぁ。

1500Wの壁、恐るべし。

阪神淡路大震災で被害受けたときも二階は触ってないらしいので、仮に屋根裏配線を

屋根裏にお住まいのネズミさんに

「ガブッ☆」

とされただけでも家電まで逝ってしまうという。

屋根裏を覗いた父曰く「いくら昔でもこの配線雑すぎるやろ・・・」とのことでした。

私も結線の仕方が今ひとつわからないので、頑張って勉強しよ。法に触れない程度に。

 

 

平成最後≒20代最後、ですが最後に祖母を入院させ、その間父と二人だけで

部外者が煩い中奔走し、祖母を看取り、その後は葬儀社とすぐに打合せをして

なんやかんやでもうすぐ満中陰。孫の代で動いているの私だけなのは何か変だけど。

まだまだ終わってない事が多いですが、殆どは父にしか出来ない仕事なので日々頑張ろう。

 

 

祖母を視て思ったのですが、超高齢者とはいえ死ぬのも苦しいねぇ。と思いました。

寝ているだけなのに心拍180。不整脈で脈の間隔がバラバラ。寝ているだけなのに心臓は常に100mダッシュ状態。酸素も最大量入れているけどそんな感じ。

意識不明で寝たきりなので、普通なら看護師さんが床ずれ防止のために寝返りを体位変更もできないから、落ち着いた時にマットレスを変えてもらうぐらい。

それでも、最後の処置の時には酷い痣のような床ずれがあったから、痛かったんだろうな。

 

いくら戦火を抜けてきた祖母も、流石に寿命だけは避けられない。

そして、死なない人は居ない。でも祖母は前々から「本当に人生楽しかった。」と

過去形で終わる言い方でずっと言っていたから自分の人生に満足していた。

と勝手に考えると、無理に延命させるよりも良かったのかもしれない。

と、今となっては思います。だから悲しみも来ないのかもしれない。

なんて、自分勝手に考えてます。

 

仏壇の間に祖母を移動して、お線香を上げている間、そう思いました。

大正、昭和、平成の最後まで人生を駆け抜けた祖母。

 

あぁ、祖母はよく言ってました。入院するまで。

「このババァの遺伝子継いでいるんだからお前も頑張れ!」

令和も頑張ろう。