生き急ぐことと苦労の前借り。

先週忙しすぎて無理が祟ったのか目眩や頭痛の症状がちょろちょろ出てきたのと

橋本病の診察も去年の10月を終わりに出来なくなっていたのでこれを機会に

甲状腺を根本から診てもらいに専門医に初めてかかりました。

甲状腺自体は元々は専門科というものは無いのでインシュリン等ホルモン分泌を診る

「内分泌科」で診てもらうのが一般的です。

ただ、近くはないですが通えなくはない距離に甲状腺専門の病院があったので

先週末診てもらったら「橋本病自体を疑って白紙に戻してから治療方針を改める必要がある」と言われました。萎縮性甲状腺炎かバセドウ病が疑われるが現状、何とも言えないと。まぁまぁの量のホルモン剤を6年間飲んでいたのは何だったんだろう。

 

あ、バイトは辞めました。

勤務先には体調崩してしまって申し訳ないですが、給与説明も無く給与明細見たら最低賃金で唖然としたのもあります。それで夜勤以外シフト詰めて殺す気でしょうか。

並行して家業と家事もしているのは説明しましたが。廃棄を渡して現物給付とでもいいたいのでしょうか。腑に落ちないモヤモヤ。

 

辛気臭い話は置いといて。

考えればあと2ヶ月ちょいで30になろうとしますがライフステージの半分済ませたので残っているとすれば「子育て」「親を看取る」ぐらいでしょうか。生き急いだ感がすごくある。

もう結婚もする気ないかな。展望とすれば35迄に食べていけるぐらいのスキル持てればいいや、ぐらいです。

ただ欲を言えば父に孫ぐらいは抱かせたいかな、それぐらい。

もっと欲を言えば母に愛されたかった。もう難しいけど。

20代最後に色々初めての経験がテトリスのように降りてきたけど大体誰しもが経験することだじから、と苦労の前借り思ってやり過ごしてます。

 

最近父は少し情緒は安定して安心しました。ずっと介護と仕事と家のことばっかりだった中から介護が終わって少しずつ前を向いているような。

祖母が亡くなった直後の不安定さは大分心配しました。考えたら母と別居してからずっと祖母と暮らしていたから。

祖母の衣服を処分するぐらいには前向きにはなっているかな。

衣服を処分しても祖母は私と父の中で思い出として生き続けるから、たまに思い出せばいいかな。ぐらいのスタンスです。

それでも今はたまに仏壇の前で泣いちゃうけど。ばっちゃんごめん。

 

四苦八苦の中に死別も苦しみとして入っているそうですが、本当にそうだなと思う今日此頃。